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6月30日 マイカー通勤のお話し(No.330) 1956年、昭和でいうと31年のことです。私の月給は、記憶では14,000.-位だったと思いますが、新聞の広告で見た1937年のダットサン750ccを 70,000.-で買いました。第二精工舎の亀戸工場に通っていたのですが、早速にマイカー通勤とシャレこんだわけです。会社から叱られることもなく、工場の 片隅に置いておけましたので、大変に具合がよかったのです。会社から支給される国電の定期券は、すぐに払い戻して、ガソリン代にしました。会社の向かい側に ガソリンスタンドがあり、すぐに仲良しになっていつも面倒みてもらっていました。その頃、2000人の従業員がいましたが、マイカー通勤している労働者 (社員)は私一人で、他は、社長の倅(故・服部一郎氏)だけでした。服部一郎さんは、ベンツでしたから、車では大きな差がついていましたが、マイカーで 乗り込めることには変わりはありませんでした。その頃は、車が不足していましたので、時々事務所から連絡があって、お客様をお送りしたり、迎えに行ったり 頼まれることもありました。ぺーぺーの社員でしたが、あっという間に会社中で評判になり、みんなに羨ましがられたものです。3年位あとに、他に2名位 仲間が増えたのを覚えていますが、1950年代の懐かしい想い出です。 6月23日 完成から出荷まで(No.329) ケースに組込まれたムーブメントは、10ヶずつきれいに箱に収納されますが、それから又何日か実測をします。電子計測器がなかった時代ですから、すべて、 ラジオの時報が頼りでした。組立工場の中に、セイコーマリンクロノメーターが1ヶ設置してあって、それを標準にしてましたが、それでさえ、ラジオの時報に、 時々合わせていました。しかも、10ヶずつ収められた時計も、すべて日巻ですから毎朝9時には、いっせいにぜんまいを巻かなくてはいけません。一つ一つ 手で巻いていたのでは、すぐ手の皮がむけてしまいますので、ゴム板に押しつけて巻くのです。下側に厚い堅い板ゴム、上からは、ゴムを張った板棒で押しつけ ながら、両手を前後に動かしてゴシゴシとぜんまいを巻いたものです。力があまって、ぜんまいを切ったり、巻車の歯コボレを起こすこともしばしばでした。 その後、竜頭の形状毎に先の形が異なったアダプター付の巻具が開発されて、ゴム板によるトラブルは解消しました。自動巻の場合は、現在マニア用に発売 されているワインダーの大型のものがあり、1台に60ヶ〜120ヶ位取付けられて、ぐるぐる回っています。50年以上も前の工場の事を思い出してますが、 現時代の工場から考えてみますと、今は夢の様な世界です。しかし、私の今があるのは、当時の手作りの時代があったから、それがすべてに反映されていると 思います。 6月16日 時計側の取付作業(No.328) 現在では、“ケーシング”といっていますが、当時(昭和20年〜35年ごろ)は、側付作業といっていました。ムーブメントをケースに取付ける作業です。 その頃時計のケースなどというハイカラな言葉はなく、ガワと言っていました。それで側付というのです。文字板と針が取付けられて、アルミ缶に入った ムーブメントが、10ヶずつ箱に収められて、側付作業の机に置かれます。一方、側は同じくボール箱に無造作に入ってきますので、それを1ヶずつ取り出し、 ムーブメントはアルミ缶からはずして側に収めます。その頃は、側の造作も均一性がなく、金属用のバイトで内径を削って合わせるのです。側にぴったりと 入ってから巻眞の長さを合わせて竜頭を取付けます。竜頭のねじ穴にも均一性がなく、一つ一つ穴の深さが違いましたので、少し長めに合わせて、側に 取付けるのですが、側からあまり飛び出ていますと、検査が通りませんので、目測ですが1/10ミリ以内にまとめるのです。大変難しい様ですが熟練工に なりますと、側と竜頭を見ただけで、長い巻眞をパチンと喰切りで切って、ヤスリで先端をまとめて竜頭を取付け、一度でピシャリと1/10ミリ以内に 合わせてしまいます。この作業も、文字板取付作業と同じく、1ヶ2分から3分以内で片付けてしまいます。初めての人がこの作業をしますと、1ヶ15分位 かかってしまいます。15分が2分になるのには、1年はかかるでしょうね。最近では、これらはすべてロボットが作業をしますので、本当に驚きの一語です。 6月9日 文字板取付作業(No.327) 振付作業(裸の時間調整済のムーブメント)が終わりますと、何日か動作テストを行い、次に文字板を取付ける作業に入ります。これは殆ど女子の専用作業 みたいになっていて、この作業にあたっている人は、全員女性でした。仮の文字板、仮の時分針が取付けられていますから、それをはずして、新しい文字板と 時分秒針を取付ける作業です。現在では、ベルトの流れ作業工程では、これらの作業は全部ロボットが行ってますが、昭和20年代ではそんなものはありま せんから、すべて手作業です。時分針はもとより時計本体の部品も生産均一性がそんなに良好とはいえない時代ですから、時分針を取付ける時には、1本1本 細いキリで穴をあけたり、大きくしたりして、2/100〜3/100ミリ位のところを、感で合わせていたものです。でも熟練した作業員になりますと、文字板取付、 時分秒針合わせの連続作業を8時間労働で200ヶから300ヶ位こなしていました。その手先の動きを見ていますと、実に見事なもので、ほれぼれしてしまい ます。初心者がこの作業をしますと、1ヶ仕上げるのに約10分位かかってしまいます。熟練工は、これを約2分位でこなしてしまうことになります。 6月2日 昔の時計組立作業(No.326) 時計組立の第一工程としては、専門用語でザラ組といいます。ムーブメントの輪列だけを組上げる作業です。これも、ぜんまいが組込んである香箱、巻真 (竜頭の芯棒)に関わる歯車、運針(時間を進める)の為の歯車等を組み立てるのです。ここまで組み立てたムーブメントは、ザラ組完了品として、次の振付 担当者のところに送られてゆきます。この振付の仕事といいますのは、文字板も針も取付けられていない裸の時計を組付ける作業になります。ザラ組が終わった ムーブメントに、アンクルと天府を取付け、細密な調整を行い、ヒゲぜんまいの長さを調整して時間が合うようにします。これも、平の位置だけでなく、裏平、 12時上、3時上、6時上、9時上と、六方試しといいますが、これらの姿整でほぼ一定の時間差の内に収まるように調整しなければいけません。現在では、 電子式の正確な測定器がありますので作業も早くできますが、昭和20年〜30年頃はまだそんなものはありませんでしたから、全部実測でラジオの時報が 一番の頼りでした。又、時間を合わせるのにも一週間位かかってました。今から考えますと、気が遠くなるお話です。 5月26日 ベルトコンベアーシステム(No.325) 最近の工業生産は、流れ作業方式で細かく作業分解をして、一定の時間(分単位、秒単位)でできる作業がブツ切りで続き、最後に製品が完成するしくみに なっています。時計生産でベルトコンベアー方式で本格的な組立が始まったのは、1950年代に入ってからですが、昔にその他の産業で、これに近い方法で 作業をしていたところがあります。たばこの生産で現在の日本たばこの前身専売局の工場では、1930年代後半には、ベルトによる生産をやっていました。 両切のたばこがベルトの上を流れてくると、両側に女子工員(当時はそう言われていた)がいて、流れてくるたばこを片手で掴んで手元にある箱に詰めるのです。 この作業が実に手際が良く、片手で一度に必ず10本掴むのです。その仕業は実に見事で、私は子供でしたが、長い間見つめていて、ただの一回も間違えること なく10本ずつ掴んでいたのを見てびっくりした事を覚えています。戦後間もない頃の精工舎の工場では、まだベルトはありませんでした。時計はすべて個人の 手で組み立てられていました。4行程で1個の時計が出来てる仕組みです。次回この続きのお話です。 5月20日 視力検査のおはなし(No.324) 時計の修理は、手先が細かく動くことと、眼が良く見えることです。今までは、精工舎時代の友人が手伝ってくれてましたが、眼が見えにくくなったことと、 手先が震えてきて、細かな作業ができなくなったことで、一人去り、二人去りして、現在は一人になってしまいました。眼は大切な財産ですので、先日眼科に 行っていろいろ検査をしてきました。視力の検査の時、Cマークがあっちこっち向いている視力表(ランドルトのリング)を読まされました。私は、左、右、 上、下と答えればよいところ、9時、3時、12時、6時と答えました。担当の方が、初めはエッ?と言っていたのですが、あとになって、これは良く解って いいですねということになりました。デジタル時計が普及してきますと、この表現は通用しなくなるでしょうが、今だアナログ衰えずといったところで、 まだまだ一般に通用しそうです。一度お話ししたことがありますが、他人に道を教える時、二又の道や、複雑交差点など、正確な方向を教える時、2時方向とか 7時方向などと教えますと、分かり易くて感謝されることがあります。皆さんも覚えておいて、是非使ってみて下さい。 5月12日 新聞を読んでとTV放映の後で!!(No.323) 日本経済新聞5月10日のコラム春秋にでていたことですが、Yシャツは必ずオーダーで作っている人の話です。右袖口だけが腕時計が当たってボロボロに なるので、腕丈を半袖にして、クールビズ用に仕立て直したということです。少し前ですが、私もこのことについて、ひとり言の中でちょっとお話した事が ありますが、この袖口が時計によってボロボロになるのは、特にR社の時計に多いようです。その時の話では、私の友人は、オーダーでYシャツを作って ますが、時計を着ける方の右袖だけ少し太めに作っているということです。その為ボロボロにならないで済んでいるのです。オーダーのYシャツを着る人は、 生活に余裕のある方ですが、それなりに知恵を出していることと思います。 先日TV出演し、放映後に修理をお持ちになられた方の中に、何人様かが時計の謂われについて尋ねた方がいらっしゃいましたが、殆どズバリ当てました。 昔の時計ですと、当時いくら位で販売されていたものか、又は、戦後間もない頃のもので、日本人が求める事が出来なかったもの、特殊な職業の方しか求める 事が出来なかったもの、又裕福な方でなければ求められなかったもの、すべて当ててしまいました。お客様もびっくりしてましたが、60年も時計に関わって きましたし、何万個という時計を手にしてきましたから、その位のことは解るのです。 5月5日 標準時のお話(No.322) 先週のお話の中に原子時計のことがありましたが、原子時計というのはセシュウム原子や、ルビジュウム原子の振動を信号源とした時計で、正確なものです。 その誤差は、3000年〜30万年に1秒と人類が開発した時計の中では、最も正確です。日本国内では、時刻保持用に原子時計を管理、運営しているところが 2ヶ所あります。文部科学省国立天文台と、旧郵政省通信総合研究所の2機関です。これらの運用は、それぞれ独立をして行われており、国際原子時を 決定する際の資料になってます。一国に二つの機関があるのは、世界的にみて日本だけのようです。 原子時による時刻は、放送局などに提供されるほかに、長波放送波を使用したJJY、GPSからのIPPS信号などで、得ることができます。腕時計や、 家庭用に使用されている電波時計も、これらの報時信号を利用しているものです。更にインターネットNTPによる提供もはじまっています。旧郵政省通信 総合研究所から、短波放送で60年にわたり発せられていた時報JJYは、2001年3月31日の12時に廃止されました。短波帯は電離屑の影響で 精度が低下すする為、電離屑の影響を受けにくい長波の電波が利用される様になり、長波帯の40KHz、60KHzのJJYが、1999年6月10日から 運用が開始されています。 4月28日 協定世界時(No.321) 時計修理読本に記されている時についてのお話を少し続けてみることにしました。 協定世界時、UTC(Coordinated Universal Time)といってます。これは、極めて正確な時間間隔を与える原子時計と、地球自転に基づく世界時(UT) との差が一定範囲に収まるように決められた時刻システムを協定世界時といってます。この標準時は、日本を含む多くの国で採用してます。世界時は太陽南中が 一定の時刻になる様に決めるため人の生活周期に合わせたシステムです。しかしその基準になっている地球の自転周期は一定でない為、自転周期から1秒の 長さを決めようとしても一定の長さにはなりません。一方、原子時で1秒の長さを決めると、1秒の長さは固定されますが、世界時とずれが出てしまいます。 そこで、世界時UTとの差が0.9秒を越えないよう「うるう秒」を必要に応じて入れ、世界時に近いが、1秒の長さは原子時と同じように定めた時刻 システムが協定世界時(UTC)であります。国際原子時(ATI)とは、整数秒の差があります。ちなみにNTTやNHKなどは、日本中央標準時で 協定世界時より、9時間進めた時刻になってます。 4月22日 技術未だ勉強中(No.320) 最近の若い人の間で、自分の事はさて置いて、他人に対して完璧を求める人が多くなってきていませんか? 合わせて、細かい事にこだわりを持つ人も 多い様に思えてなりません。修理のトラブルで怒鳴り込んで来る人は、殆どこの傾向方が多いです。私も人間である限り、完璧とは思っていません。 昔の小説獅子文六の自由学校の中に出てくる五百介と駒子の会話の中に出てくる、「若し世の中に完璧な人間がいたら、それは化け物だよ」という件です。 私も同感です。時計の修理の作業をしながら、何時も考えていますが、一つの作業を終えて“これで良し”と思って片付けますが、必ずもう一度見直すことを やってます。それでも10回に一度位、“アレッ”こんなことやってたのかと自分でびっくりする事があるのです。そして、まだまだ修行が足りないなぁと 今でも思ってます。なんでもそうだと思いますが、身につける技というのは、これで良しということがなく、修行錬磨は一生続くようです。 4月14日 修理のトラブルと保証(No.319) 新しく時計を購入した時は、ほとんどの場合1年間のメーカー保証が付いています。しかし、その保証の内容は、メーカーに依って多少差があります。 最近は5年保証なんていうのも出てきていますが、いずれにせよ、内容を良く読んで確かめておく事が必要です。修理品に対しては、その時計の経年にも よりますが、何十年、あるいは百年近く経っているものでは、ある程度、保証の内容が変ります。いわゆる自然故障の場合で6ヶ月の保証になってます。 長い年月を経過している機械は、材質そのものに経年劣化がみられ、特にぜんまいなどは、修理終了の翌日に切れる事もある位です。これは、スイッチが こわれた電気スタンドの修理が完成した翌日に球切れになったことと、全く同じで、修理担当者としては、どうにもならない事です。修理を頼んだ人に とっては、納得がいかないかもしれませんが、車の整備が終わって帰る途中、釘を踏んでパンクした事を考えればやむを得ない事と思います。修理上がりの 直後にトラブルが発生する事がありますが、すべて完璧に100%の仕事ができるわけではありませんので、人間のやる仕事と思って、ある程度は納得して 欲しいところです。 4月7日 TVショックU(No.318) TVショックがまだ続いています。信州TVで再放映があったようです。局番026の地方の方から、又々電話が殺到し始め、大変な思いをしました。改めて、 TVという媒体の力というか恐ろしさを感じました。宅急便配達のお兄さんが、沢山の荷物を抱えて来る日が何日も続いています。修理依頼の電話のお話の中で、 修理代金のことが気になる方が大変に多いようです。“古い時計なんだけど、いくらで直りますか”といきなりの質問です。これには困ります。お手元に時計は ございますかと伺うと、ちょっと待ってくれ、“おーいお母さん、箪笥の中から時計持ってきてくれ”とこういうことになってます。修理代金のお見積りは、 あくまで、お品物を拝見させて頂いてからですと申し上げているのですが、それでも駄目なことがあります。百貨店や専門店で示している修理料金表は、 あくまでOHを基にして、部品交換や、研磨、クリーニング等の料金を含まない料金規定になってます。又、修理料金は、時計そのものの価値とは特別に 関係が無く、或程度の最低料金が決っていることを、認識して頂きたいと思います。キオスクにぶら下がっている1,000円の時計でも一度こわれれば、2,000〜 5,000位かかります。使い捨ての時代になったとはいえ、初めからそのつもりで求めたものは、それなりに使うとしても、想い入れがあったり、記念の品などは、 大切に手入れをして、長い間使っていきたいと思います。 3月31日 TVショック(No.317) 3月27日午後6時半近くに、私の工房と私めのことがNTV、4chで放映になりました。放送中にもかかわらず、電話が鳴り始めて、夜の9時まで 続きました。修理で困っていらっしゃる方がこんなにも多いのかなと、改めて感じさせられる一日でした。皆さん異口同音でTVを見た、時計を直して欲しい とのことです。殆どの方は、御家族の方の形見のお品物で、その想い出話から伺ってのお預りになってます。中には、中学校入学のお祝い品、退職記念品、 就職祝いと様々ですが、皆様が如何に想い出の品を大切にしていらっしゃるかが解りました。又、修理依頼の電話を頂く時に、御自分の名前から先に おっしゃって下さる方が、本当に少ないのにはびっくりしました。今回は、すべて記録してますが、三日間で約100通近くの電話を頂きましたが、お名前を 先におっしゃって下さった方はわずか5名でした。最後にお名前を伺うと、“何でそんな事聞くんだ”とおっしゃる方も一名様いらっしゃいました。 びっくりです。世の中様々ですね。 TV放映後、すぐに私のホームページを立ち上げて下さった方も大勢さんいらした様です。メールが殺到しました。返信を差し上げるのに時間がかかり、 パソコンの前で片手で受話器の連続です。そして玄関に尋ねて見える方で、天手古舞いをしました。メールを頂いて、御返事が遅れている方が いらっしゃいますが、申し訳ございません。そんな訳です。老骨に鞭打ってます。頑張ってます。これからもよろしくお願い致します。 3月24日 時計と磁力(No.316) 最近特に多くなりました。修理にお預りした時計の中で磁気を帯びたものです。これは、前回のお話の中で示したように、家庭用品や、日用品の中に、 磁石を使用したグッズがあまりにも多くなってきた為ではないかと思います。知らず知らずのうちに、これらのものに時計を近づけているのでしょうね。 こわれることはありませんが、クオーツ時計をお使いの方は、マグネットクリップの上に一寸重ねてみて下さい。時計はすぐに止ります。クオーツ時計は、 ムーブメントの中に磁石を使用していますから、それで帯磁して、故障の原因になることはありません。機械時計の場合は、構造、しくみが全く違いますので、 帯磁すると時間は合わなくなります。ヨーロッパ行きの航空路線で、ポーラルートがありましたが、精密に調整された時計は、北極の上空を飛んだだけで 狂ってしまいます。その昔、セイコー舎が世界時計コンクールに出品する時計を、ポーラルートで、ただトランクの中に入れて運んだだけで大失敗した例が あります。翌年から、耐磁トランクを使用して運んだそうです。腕時計でも、特殊な職業の為に、特に設計された耐磁ケースに収められたものがあります。 インターナショナル(IWC)のインヂュニアが有名です。 3月27日火曜日、午後6時15分頃より、NTV、4chで私の工房が紹介されます。お客様からお預りした時計をみて、お使いになっていらっしゃる方の 性格や職業がなんとなく解るという、職業上の感どころが焦点になっています。お時間のある方は、ごらんになってみて下さい。 3月17日 磁気帯び時計と対策(No.315) 修理でお預りする数多い時計の中で、磁気を帯びているものがかなりあります。クオーツを分解する時は、ノンマグネチックの工具を使用しますが、 普通の機械式時計の場合は、ステンレスのピンセットを使ってます。分解の途中で、バラしたねじや鉄製の部品がピンセットめがけて飛びついてくることが あります。そんな時は、部品をバラバラにしてから、脱磁器にかけてから組立作業に入ります。文字板にアンティマグネチックと記してあるものがありますが、 特別仕様のケースで無ければ、不注意による磁気帯びはまぬがれません。日常生活の中で、時計に悪影響を与える強力な磁力を発する生活用品は沢山あります。 直流磁界と交流磁界に分かれていますが、直流磁界の器具では、冷蔵庫、携帯電話の磁石部、イヤーホーンのスピーカー部、テレビリモコンの固定用磁石部、 マイクロフォンの先端部分、コピー機のクリップホルダー磁石部、ホワイトボード用ホールダー、磁気腹巻、磁気バンドの外側、磁気ネックレス、ポケット ラジオ、ヘッドフォーン、電話機のスピーカー部、血圧計の発音部、カセットプレーヤーのスピーカー、電子レンジのドア、ハンドバックの口金、内側と外側、 等々です。交流磁界では、電気カミソリ、電気バリカン、ACアダプター、布団乾燥機モーター部、ハンドミキサー、レーザーディスク側面、エレクトーン鍵盤、 キャッシュレジスター、電動消しゴム、電動鉛筆削り、等です。これらの生活用品と、大切な時計は、あまり仲良くしないことです。注意しましょう。 (次回は、磁気を帯びた時計について) 3月10日 時計のでんちのお話し(No.314) クオーツ時計に使用されているでんちには、2種類あります。二酸化マンガンリチューム電池と酸化銀電池があります。しかし、最近は、二酸化マンガン リチューム電池のみになってきました。廃棄処理で公害問題がでてきたようです。この時計用電池は、形状があまりにも多く、直径と厚みが違って、何十種と なってます。電池の表にいろいろ記号が刻印されてますが、今回は、この数字について説明をしましょう。 SR626SWと刻印してある小さな丸型電池を例にします。S=電気化学系記号、R=丸型、6=直径6.8m/m、26=厚み2.6m/m、S=電解液記号、 W=時計用。Sは主にNaOHで水酸化ナトリュームでSの刻印がない場合は、電解液がKOHで水酸化カリュームのことです。SR1120Wは、 直径11.5m/m、厚み2.0m/mで大電流用電池です。カメラや、防犯ベルなどに使われているCR2016、2025などのやや大きめの電池がありますが、 これは、C=二酸化マンガン、R=丸型、20=直径20m/m、16=厚み1.6m/mということです。腕時計用のでんちは、期間一定電圧を保ちますが、 ある瞬間に、ドーンと電圧が落ちて時計が止ってしまいます。時計が止らなくても、1年位経ったら、早めに電池を交換しましょう。 3月3日 時計関連の本について(No.313) 改めて紹介させて頂くことにしました。時計に関わる本がこんなに沢山あるとはしりませんでした。私も何冊かはもってますが、今回はこれら120以上の 本を購入できるホームページをみつけましたので、御紹介します。リンドバーグというお店です。 ● 電話:0120−444−042 FAX:03−3705−0221 ● E-mail:LB@lindbergh.co.jp ● ホームページ:http://www.lindbergh.co.jp です。 まだまだ知らない時計の世界が広がってきそうです。私も勉強の為、何冊か購入しようと考えているところです。興味のある方は、是非立ち上げてみて 下さい。そしてお求めになった本がありましたら、こんな本買ったよ!!とお知らせ下さいませ。私も全部購入するわけにはいきませんので、せめて、 ちょっとしたお話しだけでも伺えればと思います。 時計の技術を習いたいという方が、最近特に多くなりました。私のところに相談に見える方も、ここちょっと増えてきたようです。学校に行く事が一番の 早道ですが、授業料が結構高いので、考えている方もいます。とりあえず、本で勉強することも良いと思いますが、どんな本が良いか迷います。全日本時計 宝飾眼鏡商業協同組合連合会という大変長い名称の会の中にあります時計技術委員会が発行しています“時計修理読本”という解説書がありますが、 これは、前述のリンドバーク社では取扱っておりません。しかし希望があれば購入可能です。当方にお申し入れ下さい。 2月24日 百年腕時計(No.312) ワールドフォトプレス社から“百年腕時計”という小冊子が発売されました。980円の本ですが、内容がとっても面白いので、おすすめします。ちょっと でも時計に興味をお持ちの方でしたら、これ一冊位は手元においては如何でしょう。業界の著名人の方がうんちくを傾けてますので大変参考になると 思います。時計にあまり興味のない方でも、一度目を通すと、新しい時計の世界が開けてきます。今回は、オリジナルについて語っていることが多い 様です。最近の時計マニアの中には、オリジナルについて特にこだわりを持っている方が多い様ですが、この本を読むことによって、オリジナルに関わる 考え方の認識度が変るかもしれません。 松坂屋で開催しましたウオッチクリニックにいらしたお客様の中にも、このオリジナル問題にこだわった相談がありました。特に気にしている方が多いのは、 文字板です。リダン、リフィニッシュ、レストアといろいろ言われていますが、いわゆる文字板の再生についてです。しかし、この件についてこだわりが 多いのは、我が国だけです。ボロボロの文字板より、きれいになっていれば良いではないかというのが、日本以外の国の方の考えです。家のリフォームや、 ペンキの塗り替えと同じです。ただし、外観だけきれいでも家の中(時計ではムーブメント)がきれいなコンディションでなければ、それは無理ですね。 2月17日 松坂屋の一週間(No.311) 松坂屋の時計博が終わりまして、ホッとしています。期間中、大勢の方がお見え下さいました。ホームページのコピーをお持ちの方も、8名様 お見えになりました。又、相談コーナーの前を通る方から、親しげに話しかけられて、“ホームページ、ひとり言見てますよ”と声を掛けて下さる方が 何人かいらっしゃいました。嬉しいことです。修理に関係なく、時計のよろず相談ですが、クォーツ時計が数多く出回っている昨今ですが、いまだに、 クォーツは電池だけ交換していれば永久に動き続けると思っている方が、如何に多いかが良く解る一週間でした。100人くらいの方が相談に いらっしゃいましたが、クォーツでもOHが必要なことを何人の方に説明したか忘れたくらいです。 その他、メカ時計でも、10年もそのまま使い続けていて、それを自慢にしている方もいらっしゃいました。自動車にガソリンだけ入れて10年間 走り続けられるかどうかとお話しをすると、始めてハッと気がつく様でした。R社と名がある有名な輸入時計は、自動巻で、トルクが強いものですから、 油が切れても力で動き続けます。今回お預りした修理品の中で、数ではトップになってます。殆ど今お話した内容の症状です。人間だって働き続ける ばかりでは駄目ですよね。たまにはレジャーで息を抜いたり、おいしいものを食べたり、健康診断をしなければいけません。日頃の管理が大切なことは、 身の回りすべてのものに共通ですね。 2月3日 想いでのセイコー8型パリス(No.310) 20万人ヒットカウンターゲットした方から、メールが入りました。大阪にお住まいのSさんでした。おめでとうございます。早速に記念品を お送りしました。 戦後の時計の話が続きますが、これらの現物は、7日から始まる松坂屋の時計博にいらっしゃれば殆ど目にすることができるでしょう。 私のコーナーにも何点か揃ってます。又、疑問に思っている時計をお持ち下されば、すべてその場で解決します。名柄、年代、おおよその 市場価格etc.です。無料でご相談に応じてます。 話はちょっと変りますが、先日Sさんという女性が訪ねてきました。この女性は何年か前に中央線の電車の中で、隣に立っていた方です。 つり革につかまっていた左手が、私がつかまっていたつり革のお隣でした。その女性の左手には、私がかつて精工舎時代に組立たものと同型の8型パリス型が 着けられていたのですが、時間が狂っていたのです。ナンパするのかと思われると困るなと思いながら、ちょっと声をかけて、時計の事を尋ねると、 眼が輝き、何処か修理するところを探していたのよ!!というのです。そして、その日のうちに早速、私のところに修理にもってきました。今回は、2度目の オーバーホールでお見えになったのです。50年以上たっているセイコー8型のパリス型婦人用は、いまだ健在でした。昔の恋人に逢ったようでした。 そしてSさんの笑顔も電車の中で逢った時と全く同じでした。長生きしていると、いろいろ楽しいことがありますね。 次回は、時計博で1回お休みしますので、2月17日にお目にかかります。 1月27日 50年前の懐かしのレアもの(No.309) 2月7日から銀座松坂屋で開催されます世界の腕時計博の案内状ができました。御希望の方にお送りしますので、ご住所、お名前をメールでご連絡下さい。 会場でお目にかかれますことを楽しみにしております。お越しの折は、お声掛け下さい。 これまでの紳士用時計は、スモールセコンドが主流でしたが、アメリカ駐留軍の兵士達が腕につけていた時計が、殆ど中三針でしたので、セイコーでも スモールセコンドのムーブメントを一部改造して、中三針を生産しました。これは、わずかの数で、販売期間も短かったので、今では超レアものになって しまいました。1950年5月には本格的な設計に基づいて作られた本中三針が、スーパーの名称で世にでてきました。このスーパーは、第二精工舎諏訪 工場(現エプソン)で製造したものですが、これも現在では、マニアの手に握られると手放す人はいなくて、貴重品になってしまいました。このスーパー中 三針は、その後スーパーオートデーターとカレンダー機能の付いたものが続いて発売されました。この当時は、同じセイコーであっても、諏訪工場と東京の 亀戸工場が互いにライバル意識をもって競っていましたので、諏訪セイコーのスーパーが評判良く売れていましたので、亀戸セイコーでもこれに対抗して、 ちょっと高級感のある同タイプの本中三、ユニークを開発してました。これは5年後の発売になるのですが、その前に亀戸工場で開発した10型小秒針の やや高級品のスペシャルセイコーを発売しました。これも飛ぶように売れたものです。 1月20日 セイコーの戦後初の腕時計(No.308) 間もなくと思いますが、ヒットカウンターで20万人目の方、コピーをお送りください。ささやかですが、記念品をお送りします。 今年は亥年でしたので、いのししのイラストのある年賀状を沢山頂きましたが、何故か不思議なことに、殆どのいのししが左向きなのはどうしてでしょう。 全く解りませんが、2匹いるときは、1匹が右向いてますが、1匹の時は、すべて左向きでした。皆さまのところに届いた年賀状は、如何でしたか。 さて話は本題に入ります。終戦後に初めて生産された腕時計は、婦人用の5型の小さなものでした。これも戦前に生産された部品の残りを集め、 苦労して組み立てたものが、わずかだけ出荷されたものです。その後生産の首脳陣が集って、男持ちの10型腕時計の生産を始めたのです。 これは、長野県の諏訪工場(現エプソン)でのことです。スモールセコンドの紳士用腕時計で、発売当初のものは、文字板の作り、ケースの作りも、 お粗末なものですが、これでもと飛ぶように売れたものです。これらのものを、現在手にとって、良く見てみますと、当時の時代背景が忍ばれて、 懐かしく感じます。またこれらの時計達は、アンティーク市場でもマニアの方達からは垂涎の的となっているようです。 1月13日 戦後のセイコー時計(No.307) これから暫くの間、戦後のセイコーの時計がどの様に生産されていたのか、解る範囲で書いてみたいと思います。当時セイコーは、腕時計に関しては、 第二精工舎亀戸工場と諏訪工場と二ヶ所で時計を生産していました。先ず亀戸工場からのお話しにしましょう。これは、「SEIKO時計の戦後史」の タイトルで編集委員会が発行している資料がありますが、これを少し参考にして、私なりに感じていることと合わせてお話ししてみたいと思います。 終戦で軍需品の生産を停止して平和産業へと移行するわけですが、戦災でダメージを受けた亀戸工場は生産の目処が立たなかったので、疎開先の桐生、 仙台、諏訪の三工場で部品のストックを使用して、わずかながらの生産を開始しました。それは昭和20年の9月です。その当時、生産された時計は、 17型のエキストラフラットという名称の懐中時計です。これは、仙台の工場で作っていましたが、軍需用のクロノグラフの時計部分のみを形にした ものです。クロノグラフに仕上げるだけの部品の調達が出来なくて、時間計だけにして、普通の懐中時計として発売されたものです。ケースや文字板の 完成度は、決して良いものではありませんでしたが、時計不足の市場では、アッという前に売れる人気商品でした。特別なコネがなければ手に入れる ことができない、そんな時代でした。これは昭和20年11月のお話しです。 1月6日 年頭にあたって(No.306) 皆様明けましておめでとうございます。本年もどうぞ私のホームページにお出かけ下さいます様、よろしくお願い致します。 過ぎ去ってみると、1年は早いものですね。年齢をとると、特に一年は早く感じます。自分自身の動作が鈍くなるに従って、時間の過ぎゆくを早く 感じる様になりますね。子供の頃は、早くこいこいお正月でしたが、最近はあまり有り難く感じなくなりました。時は同じ早さで流れてゆきますが、 自分の動作や考え方が鈍くなるので、時の流れを早く感じる様になるのですね。 2月7日から13日まで銀座の松坂屋でワールドウオッチフェアーが開催されます。全国から40社のアンティークショップが出店する我が国最大の ウオッチフェアーです。私も出店致しますが、同時に、修理相談コーナーも開設します。時計修理に関わるあらゆる相談に応じてますので、何かご相談事が ありましたら、是非お出かけ下さい。又、このホームページのコピーをお持ち下さった方には、記念品を差し上げますので、是非お越し下さい。会場で お目にかかれます事を心からお待ち申し上げます。 |
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